No professional

僕は美食家ではないけど、気軽に外食できる
お店が無さ過ぎて探す手間がかかります。

と言うのも、「感動や驚き」を体験できる
美味しいお店が余りにも無さ過ぎて、と言うか
ド素人当然の不味い店が余りにも多すぎるので
結局家で自分で作って食する結果に辿り着きます。

つまり不味いのに値が高すぎる店が多すぎるのです。
今の日本にはプロがいない。
(厳密にはプロが極少数派となり、探すのにとても苦労する)

ド素人当然の不味い店で微笑みながら
食してる方々は余程大らかで豊かな心の
持ち主なのかな?と自分もそう成れればと
反省する機会になっています。

これは全てにおいて通じる面があると思うのですが、
限られた時間の中で調理し、原材料の差益で利益を
出さなければならないので何処かを圧縮(人件費、材料)
すると当然品質クォリティーが落ちます。

それでも嘗ては自分の職にプライドを持った人が
居たので一定以下に成る事はなかったのだと思います。

会社にも「人材」という概念が無くなり、
人を育てる為のお金と時間を使わなくなった事が
原因かもしれません。

日本を取り巻く「社会の空気」が歪んでくると
「個人の人間の質」まで悪くなるのかもしれません。

音楽も新しい発見や驚きや感動の薄い
何処かで聞いた歌というか、コピーの様な模倣音楽が
溢れすぎて、ド素人のような摸倣家が主流になると
いよいよ日本の音楽業界も重症だと思うのです。

美味いにぎり飯は一粒の米粒が美味い。
握り飯は一粒の米粒の集合体である。

組織と個人の関係は握り飯と米粒の関係と同じである。

結局音楽は一個人の作曲家から生まれるので、
感動の薄い模倣音楽が多すぎるのは
今の日本の組織(レコード会社)、個人を
象徴しているように思います。