About Individuals

つまり、双方の意思疎通を確認し、同意の上承諾し
互いに協力する事は生きて行く上で欠かせない事です。
僕が指す「個人」とか「個人の認識」とは利己的な
個人主義を主張しているものではありません。

「自分の事は自分でする」という基本姿勢で、
それでも難しく困難な場合は理解者に協力をお願いする
姿勢が大切なのではないかと考えている訳です。

赤ちゃんがお母さんに背負われながら手取り足取り
溺愛のもとに30歳まで育てられたその大人はどうなるのでしょう?
可愛い赤ちゃんも何時かは「ヒゲ面のオヤジ」になるのです。
そんな時に自分の事を自分でできない「ヒゲ面のオヤジ」
他者にあれしろ!これしろ!と命令でわめく煩い
「ヒゲ面のコドモ」
なのです。

コラボレーションは共鳴に基づく遊び心だと思います。
互いの能力を掛け合わせながら、目的に向かった
思考実現のため、意思疎通の確認、同意と承諾の
基に進みます。

つまり、上記のような手続きが子ども達にも必要であり、
小学校では単に日教組や教師が組んだプログラムに
何となくの流れの中で「やらされている」のではないかと
思うのです。そもそも小学校に行きたくない子どもだって
いるはずです。海外ではホームスクーリングは常識として
定着しているし、個々に興味を示す対象や学習や能力
成長スピードも個々に違いがあります。

日教組による教育システムが消えれば、
必然的に自然に本当に必要な「学ぶ環境土台の整備」
が進んで行くと思います。