Fascination&Matching

子供の頃、あれだけ毎日読み漁っていた漫画、
あれだけ聴き漁っていた音楽、あれだけ何時間も見入っていたテレビを
観なくなったし、聴かなくなった自分に不意に気付く瞬間があります。

バラエティーも「コント55号」や「ドリフターズ」位までは面白かったし
よく観たものです。最近のバラエティーは暴言や相手に暴力を
加える事が笑いを取る手段になってたりして、もはやバラエティーや
ユーモアーとは言えるものでなく、そういうものが王道になり、
番組が構成され始めると、TVに対して魅力を感じなくなり、
観なくなっていった原因になったのだと思います。

よく考えてみれば芸能や文化と言うものの発信源は
「人」であり、魅力のない人間が増えれば増えるほど
魅力のない人間を抱え込んでいる組織から生まれる
芸能、文化も衰退するのは自然な事かもしれません。

60、70年代の漫画黎明期、ロックミュージックは
「不良の読み物、不良の音楽」と言われている中で作家達は
社会の冷たい劣悪な環境で反骨精神と反権力の精神で
制作に取り組んでいたのだと思います。手塚治虫さんは
「漫画はハングリーアート」だと言われていました。
手塚さんのような立場の方でも当時は「漫画は不良の読み物」
として社会から非難されていた事に心が痛みます。

現在、漫画もロックも社会的な市民権を得て大学では
「漫画学科」なる学科まで登場し、もはや漫画は
不良の読み物どころか権力側に取り込まれてしまっています。
恐らくその頃から漫画の力は激減し、もはやかつての
漫画の魅力はなくなり、権力に服従し骨抜きにされた
漫画に魅力を感じなくなったのだと思います。
それは音楽も同じことが言えると思います。

ロックや漫画の真髄は反権力です。
僕が魅力的に感じるものは「個人」の立場や意識、感性を
維持し続けている人から出てくるものには活力もあり、
魅力を感じる事が多いです。ですから最近は鑑賞する
対象は特にYouTubeでの個人配信動画や
個人ブログが多い事に気付きます。

その様な事を日々強く感じている中から
僕自身個人で制作する姿勢に拍車がかかり
「個人で制作、配信するコンテンツ」に意識が
高まって来たのだと思います。

恐らく探せば魅力的な漫画、音楽は必ずあると思います。
用は価値の細分化で探すのが難しくなって「マッチングの
ズレ」がすべての原因です。

人間関係でも言える事は
両者共に好きな人が結婚すれば離婚する事はない訳で、
嫌いな者同士が経済的な理由で結婚したり、
片方は好きだが片方は嫌がってる片思いの様な関係でも
上手く行かないと思います。

政治も文化も生活も人間関係も世の全ては
出会うべき人、出会うべき物とのマッチングがスムーズに円滑
に進む事であらゆる問題が解決し人は快適に生活を
営む事ができると思います。

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