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Oedipus complex

非常に興味深い、とても共鳴できるお話だったので
リンク貼らさせて頂きました。

「お母さん教の信者」
とても端的に分かりやすく言い表したワードだと思います。

この両者の関係は様々な原因が考えられますが、
愛情に飢えた精神状態から生まれる場合や、
盲愛、溺愛で育てられ依存せざるを得ない状況にある等、
いずれにせよ、非常に未熟で強力な相互依存の関係にあるのです。

子離れできない未熟な母親) 〓 (母親に依存する未熟なマザコン)

このようなお話は自ら体験した人にしか分からないの
かもしれませんが、何か人の精神構造の理解を深める
手助けになる良いお話しをお聞かせいただきました。

My Foolish Heart

ジャズと言うより、エヴァンスはおそらく
「忠実に自身の心をなぞる、 或いは心を映す」
自身との対話によって紡がれる響きを
リアルタイム再生してるに違いないと思うのです。

そして僕が彼に惹かれる最も大きな原因の一つに、
彼のそういう音楽との向き合う姿勢から
生まれる響きにあると思います。

彼らにはクラシック音楽のように楽譜がない。
彼はプレイ中に祈るように頭を下げ、目を閉じて
プレイしています。

毎回テンポもリズムもプレイ時間も違い、同じ演奏はない。
つまり瞳を閉じてその時々の自身の心を見つめ、
心を映しているに違いないのです。

その行為が偽りのない美しい響きとなって
露になっているように思います。

人は自身に似ている或いは、自身では自覚、気付いていない
精神的に共有しフィットする、元々心の奥底に持って眠っている
美しいものを呼び覚ましてくれる対象にしか共鳴
できないのかもしれません。

僕の中で勝手にジャンルを付けていて「煙の様な音楽」とか
「フレグランスの様な音楽」と呼んでいるのですが、
どこか温かく、お香のように漂う香りを音から感じます。

「煙のような音楽」と思う人がもう一人いますが
その方もジャズが好きだったようです。
なんだか不思議ですね。

Shin Sou Ka


心蒼夏-Shin Sou Ka-(Original Airflow Mix)
Voice :featuring MF

compose,arrange,words,film,performer By 12さい(Ju-Nisai)
© 2009 EURU All Rights Reserved.

この歌のテーマは「愛」なのですが、多くの人にとっての
愛とは何でしょうか?

僕なりに、今も愛について考え続けています。
この歌での僕なりの回答は、「愛とは育てる」
という考えにたどり着きました。

植物が花を咲かせるまでに、種だけでは開花しません。
肥沃な養分と光と水が必要です。
どれが欠けても育ちません。
開花するまで惜しみなく養分と光と水を注ぎ続け、
生かし続けようとする心が愛だと思います。

人は何かを作り、育てる事を通して愛を体験し、
学ぶ事ができるのではと思います。

子を育てる事を放棄する親が存在します。
このような人に未来はあるのでしょうか?

そのような様々な疑問から愛とは何か?
と考える動機の一つになりました。

愛の最終地点、愛に満たされた新世界が
早く到来する事を
望むばかりです。

Rain

連日雨が続き、お出かけに足踏みしてしまいます。
でもまぁ 雨の日に落ち着いて家で過ごすのも良いかなぁと思います。

ユーミンの歌 「雨の街を」 。ウェットな感じでいいですねぇ
若き日のユーミンはみょうに美しいです。

何気にバックで演奏してるのは細野さんでしょうか?笑

僕も雨の歌作ってみようかなぁ

Doubt

何をしていても、何時いかなる時も
常に頭の片隅にある事はエネルギーの課題です。
そして常に一つの疑問が頭から消えません。

思えば、初めてフリーエネルギーを強く意識し始めたのは
2008年ごろに記事と動画で知った、

ウォーターエネルギーシステムと言う水から水素を取り出し
発電するというシステムでした。

そして、2011年3月11日の福島第一原子力発電所事故を
境に、当然この様な水を発電エネルギーの源として利用する
革命的な技術が検討され、実用化に向けて進んで行くものと
思っていました。

ネット上ではこの様なフリーエネルギー技術を検証し、
紹介している方をチラチラ見かけます。

しかし未だフリーエネルギーの実用の検討の話すら
持ち上がらない事に不思議で仕方ありません。

そしてこれだけ日本中で原発反対運動などのデモや
運動も行われ、原発の危険性を訴える方が多い中で
ウォーターエネルギーシステムやフリーエネルギー
技術のような技術についての提示や情報共有が
進まない事にずっと疑問を感じてきました。

デモの団体や人は反原発の批判ばかり
代替方法の提案として、何故フリーエネルギー技術
の話題や情報に触れないのでしょうか?

この様な人々は本当に原発問題を考えているのでしょうか?

自分たちの快適で安全な暮らしを真剣に考えているのでしょうか?

無関心で他人任せにしてるのではないでしょうか?

マスメディアで流れる枝葉末節な、とるに足らない情報に踊ら
されているのではないでしょうか?

何が本質的で、何が最も大切な事なのでしょうか?

エネルギーのことを調べてると簡単にネット上で
様々な技術の紹介に触れることができます。

この様な技術が生まれる背景には
技術者の誠意と真心と
沈黙の時間、
静かな情熱がないと生まれないと思います。
僕はこの様な真の価値を創り出す義人にこそ
まっとうな評価をし、国民で支えなければならないと
思います。

この国の歪みと言うか、病的な病いは
まっとうな人々が評価されず、表に現れないことです。
つまり、偽善の偽者がのさばっているということです。

原発問題は国民の無関心と無慈悲な
心の結果だという事を頭の片隅に置き、懸念する事も
必要だと思います。