堀江さんの
「日本人は世界60億人の1億人に過ぎない」
妙に響きます。
子どもの頃から
国家や社会をあまり信用していませんでしたが、
日本の常識は世界の常識とも思わないですし、
常識は常に流動的であると思います。
常に良いものや関心のある事は個人から派生する
祈りのような音楽的な精神性に惹かれてきました。
47:56
「本当にあなたに才能があって、映画的な才能があるん
だったらちゃんとしたシナリオが書けるはずなんだよ。
だからシナリオを書きなさいって。
で、アメリカ行って何か勉強しようって、アメリカ行って
何勉強するの?
僕は口酸っぱくしてシナリオ書きなさいって言ってもね
書かない人、大抵書かないんだよ。
でね、それどういう事だと僕思うんだよ。
それが一番近道だし、映画って言うものを掴むのは
シナリオを書く事が一番良いんだと言ってもね、
だったらその人に映画をやって行こうと言う情熱が
無いんだとしか僕には思えないね。
誰にでも口を酸っぱく、こんなに言ってても
しかし書かないのはいったい何処に理由があるのかって
言うとね、やっぱり頭が空っぽなんじゃないかと。
いきなり天才ていうのは天から降ってくるんじゃないんだよ。
努力できるって人が天才なんだよね。ある意味では。
だからそういう点で努力してください。」
黒澤さんのお話は音楽や様々な事にも
随分共通するお話だと一言一言が胸に響いてきます。
YouTubeでアーティスト検索すると
対象のアーティストや曲目はほぼ現れず、
物真似の「うたってみた」と言うものが非常に多くて
とても検索に時間がかかります。
このような人々はなぜ公の場でモノマネばかりするのでしょうか?
なぜ自分で作って歌わないのでしょうか?
人は真摯に日々を営む中で、或いは、日々の生活の中で
祈りの様な心を育んでいれば、音楽的な精神は自動的に
発生すると思うのです。
個々が良い音楽を発生していければ
世界はもっと素晴らしいものに形成されて
いくのでは思ったりします。