To Tetsuya Komuro

そもそも音楽は売れないといけないのでしょうか?
大ヒット曲を作る必要性があるのでしょうか?
と言う疑問と問題があると思います。

僕は個人的ファンとして小室さんに多大な
恩を感じているので感想を述べずにはいられません。

恩を受けた人に対して誠実に感想を述べさせて
頂けるなら、
僕はTMの曲は全て聞いてきましたし、
小室さんのソロの楽曲で知らない曲はないと思います。

直接お会いし、接した事はないので、全ての小室さんは
知り様がありませんが、それでも子どもの頃から
小室さんを聞き続けてきたファンとしてそれなりに
「小室哲哉」 を理解しているつもりです。

その上での感想なのですが、
そもそも作曲すると言う行為はどういう事だったのでしょうか?
と言う原点を見つめて頂きたいのです。

僕のような人間が小室さんにメッセージするのも
おかしな話なのですが、それを小室さんから僕は
学んだような気がします。

僕の様な無名の人間が話をして本当におこがましいのですが、
僕は小室さんの影響も受けて作曲を始めましたが、
僕は出来るだけ人間と関わらずに生きて行ければと言う
動機が大きく強く働いて作曲を始めた事は間違いありません。

態々価値観、心情の違う人間と関わるより、自分を見つめる事で
自身の価値観と共鳴できる人と出会うツールになる事を作品に
託していました。

そして、こうも思うのは、そもそも人間付き合いが器用で
人間大好き人間が作曲や芸術にのめり込んでいく訳が
ないと思うのです。

これは僕の個人的な勝手な想いかもしれませんが、
外にではなく、自身の内に内に、深く内を見つめる中で
自身の繊細な感情を捉える中で作曲と言う行為が
成立するのではないでしょうか?
僕は小室さんの曲から絶えずその様な感情の滴を
受け取っていた様に思います。
そして僕はその様に作曲を行っています。

そして、もう一つに、
音楽は過去の作品の中にも生きていると思うのです。
僕は10年、20年前の曲を頻繁に聞きます。
小室さんのソロやTM時代の過去の曲も良く聞きます。
それらの過去の曲を愛してる人は一体どうなるのでしょうか?
僕は作る事と同じくらい過去に作った作品を活かし続ける事も
大切な事の様に感じています。

そしてこれだけ個人で作曲、レコーディング、マスタリング、配信
と一連の制作工程から配信に至るまでが可能になり、
コストをかけず、時と場所に依存なくとも可能になった時代に
売れる曲、大ヒット曲を作る必要があるのかと思うのです。

これは僕の勝手な感想なのですが
ようやく何の制約もなく自由に、メディアの制限や時間や売れる事に
縛られずに自身の作家性を反映した作品作りが出来る時代が
来たのではと思うのです。

本当に良い音楽は個人の作曲家から発生するので
あって、
群れ人の集団から発生するものでない事は
先人の作曲家や作品が証明していると思います。

僕は小室さんの素晴らしい初心に全ての答えがある様に
思えて仕方がありません。

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