漫画家を目指していた小学生の頃、江川達也さんの小学生の頃の
作品を見て小学生の作品とは思えない余りの絵のクォリティー
の高さに衝撃と焦りを感じた事を昨日の様に思い出します。
その事が原因で僕は焦りの中、学校でも家でも四六時中漫画を
描く事になりました。ある意味で江川さんは僕にとって師匠でしたが、
今はこれほど物の考え方まで似てしまうのかと言う程お話に
共鳴してしまいます。
僕も漫画家はストーリーも絵も全部漫画家が一人で描いてると
思っていました。成熟すると形式化され、スタッフを使った
分業制の中で漫画は描かれるようになると
「漫画や漫画家の概念」が年齢層によって随分な相違差
となってクリエイターの姿勢、作品の持つ力として浮き彫り
になるように思います。
僕にとってのメディアアートとは「漫画家業の発展形」の
ような意志があります。アプリを使う事で分業体制のような
事を一人でできてしまうのが現状だと思います。
日本の歴史や教育にまで及ぶお話で模倣文化は
「受験勉強の犠牲者」と話されていますが、それは
もっと遥か昔から日本人のDNAに組み込まれてる
ここ200年、300年の話じゃないのかもしれません。
それは日本教で話されているサガに通じるように思えます。
江川さんのお話はとても端的に日本という性質を示されて
いるように思います。